[ 社会福祉法人ハートランド HOME ]

■2007年10月30日(火)  10月も後少し
 早いもので今日明日を無事に終えると11月、毎年歳を重ねる毎に月日の経つ早さに驚くばかり、お盆を過ぎてから加速度的な時間の流れにはただ驚くばかりでもあります。振り返ってみて早かったと感じるのは、充実していた事なのか否か、自分でも判断は付きにくいのですが、確かに時間は流れている様子には違い在りません。11月の末には延期になっていた秋の旅行があり、それを過ぎると師走、忘年会等の季節行事を一通り過ごし行くと、あっという間に年の瀬となっていきます。

 メンバーの数が少なくなった「今」それでも一生懸命にお弁当を作り、喫茶店での仕事をこなしゆく彼らがここには在ります。昨日の証人喚問ではありませんが、利権や取引、諸々の悪事の周辺にいる人達とは対局にあって、彼らは本当に「正直」過ぎる程「正直」に生きている‥そんな印象を側でいつも感じます。荒れ果てた世情の中、こうした場所でこうして生きている彼らの存在が、きちんと「評価」されるそんな世の中であって欲しいとも願います。

■2007年10月29日(月)  朝の風景 お弁当作り
 毎日HEARTLANDには7時頃に出勤、ゴソゴソとパソコンを相手に事務仕事を進めていくと早いメンバーは7時30分頃にお越し、お弁当作りの中心となっている老舗のメンバー達は時計の針が8時を指す頃に全員集合となっていきます。お弁当作りに取り掛かる前に朝のモーニングコーヒーと一通りの「よもやま話」をのんびりと行った後、8時45分頃にお弁当作りに取り掛かっていきます。いつもあっぷるのお弁当食材を運んで下さっている山本食品のおじさんの配達が時同じ頃、今日の食材を抱えながらみんなが作業場にと移っていきます。

 最初の作業はお米の水洗い、そしてお弁当箱やお重の配膳、そしてみんなで一斉に下準備にと取り組んでいきます。分担は事前に決める事なく、適当にそれぞれが分担を行いながら準備が進められていきます。お弁当の帯にメッセージを書きそれをコピー、調理・盛り付け・ご飯入れ、そんな作業をテキパキと行いながら時計の針が10時30分を指す頃にお弁当が完成、配達・籠屋町街の中の喫茶店用、島田の店頭とお弁当を分け、配達・販売の為の準備と作業は続きます。

 濃縮した時間の中でのお弁当作り、それは多少なりとも「仕事」としての色合いがあり、にぎやかな中にも為すべき事は為すといった凛とした空気も同封されていきます。「よく働きそして良く遊ぶ‥」変わらぬ彼らの姿とHEARTLANDの日常がそこには在ります。

■2007年10月27日(土)  広島からの便り
憧れと共に一緒に歩かせてもらっている広島の大きな人からMailが届きました。

 「闘うというよりは「今しかない」「この1〜2年ですべては決まる」のような焦りのような感じであります。ただ、戦闘的になっているにもかかわらず我ながら不思議と冷静です。ど素人の私も25年辞めれぬ自己決定をしただけで格好の良いものではありません。

 精神保健福祉士という資格ができた時に「とんでもない時代が来る」と先輩方と話しておりましたが、実際に資格取ればそれでいいような風潮に甘んじていたことだと思います。Y問題や、ライシャワー事件の真相やその他、本来PSWが学んでおかねばならないことを学校では教えないし、知らない教師も居る。そして、現場の私たちにも大きな責任があったように思うわけです。実習とはまさに「現場」であって、人材を育成していく大きな空間であるわけなのに、そうできていない事実。Y問題を学ぶことは、「今もあるんだぞ」ということに反映されなければならない。ライシャワー事件にしてもテキストには「この事件で社会防衛的な改正となった」としか書いていない。とりとめなくなりました。振り返ると、広島で初の作業所を創ったり数えてみると10数箇所の設立にかかわって参りました。25年前の作業所つくりはかなり無謀というか、カンパニアに頼るしかなく、また、今で言う「コンフリクト」は今のそれよりもすさまじく、でも懸命に守りぬいたんですね‥‥

 大きな人からの便り、行間に垣間見える幾重にも重なり合った歴史と思想が、そっと背中を押してくれます。満ちてゆかない「時代」を横に放り投げて、矢印を今一度、きちんと自分自身に向けるそんな作業がHEARTLANDにも自分自身にも必要な時なのかも知れません。

■2007年10月26日(金)  あっぷるのメンバー
 あっぷるで現在お弁当作り、喫茶店の活動を中心になって頑張ってくれているHさんやBさんは、以前勤務していた精神病院の時代に出会った人、かれこれ数え行くと16年近い歳月を重ねながら今を一緒に過ごしている‥そんな人でもあります。あの頃は互いに若く、様々な行き来の果て、こうして「今」この場所に一緒に在ることを、時折不思議な感じで自ら眺めてしまう時があります。
 人生の流れの中、やはり15年を越えた歳月の流れは互いに様々な「変化」をもたらせていきます。何より若かった互いであったという事、少しばかり穏やかに大人になったという事、何より病気や障害を抱えながらも、彼らはしっかりと今に生き続けているという事、人生のエネルギーが加齢と共に下がり行くものの、何かとても「しんなり」と立っている姿があるという事、その間の様々な出来事や危機的場面への介入等も思い出しながら、フトそんな事を思ったりもします。

 もう少し時が流れて、生業を横に置いて、互いにもっと歳を重ねあった頃に、ゆっくりと日向ぼっこでもしたい‥そんな事も思ってしまいます。何かが継続してきたように、何かがこれからも継続していければいいのに‥フトそんな事を彼らを見ながら思う日々でもあります。

■2007年10月25日(木)  街の中の喫茶店の盛況
 先日徳島新聞の朝刊に大々的に街の中の喫茶店のスタッフ阿部の記事が掲載され、それによってか先日は大忙し、はじまって以来の盛況であったとの事でした。見た目はごくごく普通の喫茶店としての佇まい、されどそこにある「訳」は、精神や様々な障害を抱え持った人たちが集い働く場所である事、様々な広報機会を頂く中、そうしたこの場所の「訳」がきちんと歩き伝わりゆきます。街のタウン誌や様々なメディア媒体の中に紹介をされる街の中の喫茶店、精神保健福祉領域の「社会資源」の一つとされる位置づけは言うまでもないのですが、街の中に・人の中に「さらり」と佇み行く事がとてもとても嬉しく思える時があります。

 金にもならない話をみんなが真摯に行っていく…疲れ切った世情の中、こうした場所の営みが様々な人たちの一服の清涼剤や癒しとなってゆく、そんな日々であるのかも知れません。非採算的な行為、subcultureとしての位置づけ、しんどい事ではあるのですがHEARTLANDの本質なのかも知れません。

■2007年10月24日(水)  障害者自立支援法について
 全国精神障害者地域生活支援協議会の四国ブロック研修を企画立案していく事の為に、先日久しぶりに高知さんかく広場の武田さんと電話越しに言葉を交わしました。話題は互いにしっかりと今の障害者自立支援法に関しての意見交換、現状の大変さとこの法案や国の障害者福祉施策に対する批判から話は始まり行きました。
 「抜本的な見直しをする」と福田首相は所信表明の中で公約はしましたが、テロ特措法等、数々の審議事項故に「障害者自立支援法」に関しての国会審議は全くもって行われていないのが現実です。

 就労継続支援B型事業所の在り方に関して疑問視する意見書が関係団体から出され、未だ持ってその本質さえ語られない現状が継続されていきます。法に沿った一つ一つの語句をどう読むかではなく「障害者自立支援法廃止」という角度で行動を起こしていかなければならない‥そんな言葉さえ武田さんは呟いていました。
 単価方式の施設運営費、せきとめて数を確保しなければ施設収入が減というシステム、名は体を表すとは正反対の意味の下「囲い込み」自己完結させていかざるを得ない福祉状況に拍車が掛かります。こうした状況下、四国ブロック研修の内容に関しても武田さんや四国4県の方々と、研修会の企画内容について吟味していければと思っています。

■2007年10月22日(月)  もう一つの社会福祉の実情
 昨日の午後は籠屋町のブログにも書き記している様に、脇町・桜木病院のマイカの方々が街の中の喫茶店まで訪ねて来て下さいました。これから「就労系」を目指しての取り組みを進めていくとの事、今後も色々な形での交流機会が持てればと願っています。

 相変わらず賑やかで忙しい街の中の喫茶店、常に昼時には常連の方々で席は満席状態、メンバー・スタッフは店内の接客に追い立てられ昼食も随分と遅い時間になる程の盛況ぶり、何より何よりではあります。しかしながら、この場所がここ数年公的補助金が一円も無かったという現実、そして施設運営維持の為に様々な制限や障害者自立支援法による厳しい運営が常に背中合わせにあるという事、こうした社会福祉の実情を知る人はそう多くはありません。
 障害者自立支援法の煽りを受け、崖っぷちに立たされた観さえ在る障害者地域共同作業所やHEARTLANDのような場所、その片方で何処にお金があるのだろうか‥と疑問さえ覚えずにはいられない程に、施設設備整備等の名目で何千万ものお金が容易く動き、しかも施設修繕や新築の為の「公的資金」がこれまた何千万単位で流れゆく実情‥今流行の「随意契約」や「お接待」ではないのですが、明白な情報開示や根拠性、そして何より「税金の有効活用」といった費用対効果の問題等、語られるはずもない「公共性の無さ」がそれを維持し続けていきます。

 伝える術を持たなければと知りつつも、その闇の深さに言葉も見失いがちになっていきます。既得権益に成り下がってしまった「福祉」動き行かなければ、置いたままの水は濁り腐り行くばかりです。

■2007年10月21日(日)  吉田先生 特別講演会「私が見たアウシュビッツ」
IMG_0004.JPG 312×208 30K 昨日秋の特別講演会と題して街の中の喫茶店で吉田隆代先生の「私が見たアウシュビッツ」の話がありました。吉田先生はHEARTLANDの評議員、出会いはHEARTLANDが歩き始めた頃、城北高校教員として在職されていた折りに、卒業生の不要となった制服をチャリテイーバザーの収益金を持参して下さった事に端を発しています。
 フィールドワークと言うよりも自然な心の発露として徳島の地域共同作業所、ハンセン病、環境問題や差別の問題等に関わってこられた大きな人でもありました。

 自ら訪ねたアウシュビッツ、写真を交えて語られる内容の中、特に印象に残った言葉が在りました。「絶望の淵に立ちながらも生きようとする力は些細な事を丁寧に行っていくこと‥」それでも生きようとした収容所の人々の様子を織り交ぜながら話して下さいました。ヒューマニズムそのものの素敵な素敵な吉田先生の講演会でした。

■2007年10月19日(金)  四国ブロック研修会の立案
 全国精神障害者地域生活支援協議会の理事を担当している為、今年度の四国ブロック研修会を早々に立案していく事となりました。昨年度は同じ四国ブロックの愛媛樋田さんが準備を進めて下さったのですが、今年研修会の企画・立案さして実施を準備していく事となりました。時期的には年明けの1月下旬頃、研修会の詳細に関してはこれから協議検討と考えています。
 
 障害者自立支援法を囲む様々な余波が、特に四国のような「地方」の在り方に多大なる「負」の影響を及ぼしています。ぎりぎりの状況が深刻に進みゆく中、なかなか研修会といった空気でない事も実際ではあるのですが、少しでも明日に向かって進んでいけるような、そして少しでも元気が出るような企画内容を準備出来ればとは思っています。協議会(あみ)とも連絡を取りながら準備に取り組んでいきたいと思います。

 明日は吉田先生の特別講演会、どうぞご参加の程、お待ちしています。

■2007年10月18日(木)  草にすわる 
草にすわる 八木重吉

わたしのまちがいだった わたしの まちがいだった こうして 草にすわれば それがわかる

 別に間違いでは決してないのですが今日の四国学院大学での講義は、学生共々秋空の下に歩み出でみんなで「コミュニティーワーク」の話し合い、2つのグループに分かれて「想像力」を凝らした地域おこし・街おこしについてグループディスカッションを行いました。スポーツ交流・遊休田を使っての米作り‥なかなかおもしろい学生達の意見を青空の下で聞かせてもらいました。
 「想像力‥それは愛だ」とブルーハーツの真島昌利は唱いました。厳しい現実と動けなくなりつつある心象、時に建設的な心の動向はため息と共に深い迷路に落ち込んでいきます。草に座り空を見上げる‥素敵な事かも知れません。

■2007年10月16日(火)  精神保健福祉を囲む状況
 徳島県精神保健福祉士協会の定例役員会議はほぼ1ヶ月に1度、城西病院にて役員6名程が集い話し合いの時間を継続しています。今夜は9月末に行われた徳島県での「初任者・現任者研修会」の反省、14日に東京で行われた「生涯研修制度都道府県代表者会議」の報告等が議題の中心として行われました。
 先日の研修会、初任者という事で集まった「若き人たち」も多数、それぞれの職場で研修の感想等を個々から聞かせてもらっての話が幾つかありました。
 「ソーシャルワーク」という言葉の意味すら解らない‥、講師の方々が話をしている事は全く持って「雲の上」といった印象等、驚くべき内容が多数を占めるような現実に殆ど言葉も無くしてしまいそうな‥そんな感想を持たざるを得ませんでした。国家資格からかれこれ10年、論理武装のように難しい言葉は知り得ていても大きな枠組みとしての障害者施策や歴史的洞察等は全く皆無であっても成り立「今」がある様子、知らない事は罪では無いとしても、あまりにも「空っぽ」な現実にため息さえも覚え行きます。
 大学教育の落とし込み方も今風、少子化の時代にあって難しい原理原則論よりも、国家試験合格者数だけが「大切な全て」のように進みゆき功罪も多々あるようにも見受けられます。
 
 単純に時代のせいにしてしまう事なく、きちんと一つ一つの再教育と再確認を行っていかなければ…と悲しい嘆きも呟かなければならない、そんな「今」がこれまた悲しくも在り続けています。

■2007年10月15日(月)  日本メディカル福祉専門学校実習生 
IMG_0025.JPG 277×185 31K 日本メディカル福祉専門学校実習生の西浦さんの実習が今日で最終日となりました。短い期間のHEARTLANDでの時間でしたが、こうした場所に溶け込んでの立ち姿でもありあっぷるのメンバーともきちんと向かい合ってくれた様子、何より何よりでした。社会の中にこうした場所があるという事、前提として余りある程の「矛盾」が幾重にもあるという事、そこから出発して欲しいものと思います。

 実習生がHEARTLANDの来るたびに、自分自身の大学時の実習をやはり振り返ってしまいます。杉浦さんではないのですが、本当にあの頃は国家資格も無く、せいぜいあったのは教員免許か社会福祉主事任用資格と呼ばれる、わかったようなわからない資格‥そんな程度のものでした。実習記録等は確かなく、現場職員との「やりとり」がまさにその全て、文字に書き尽くせない行間にこそ何かがあったような気がしてなりません。本来的にヒューマニズムの側面は誰かに教え・教えられるものでなく、感性の響きみたいな部分を拠り所にしていたようにも思えるのです。「文字に書き記さなければならなくなった」今、豊かになったのか貧しくなったのか、その顛末さえも未だに解らないままに流れゆくばかりです。

■2007年10月14日(日)  閑話休題 読書の秋
2.jpg 205×154 15K煩雑な日々に追い立てられるばかりで、ここ数年しっかりと「活字離れ」の日々にあったのですが、最近また少しの時間を見つけては「本を読む」事を続けています。障害者自立支援法や厳しい福祉状況、「ときめき」さえもなかなか手に出来ないそんな急き立てられる中、きちんと本を読む事も随分と置き去りにしてきました。
 
 「福祉」に染まり始めた頃、貪るように様々な書籍や論文を眺め、何か一つでも心に響く様なセンテンスがあればそれを書き留め掌に乗せていました。「仕事よりも大事な時間」と勝手な言い訳を呟きながら、お気に入りの北白川「詩仙堂」に腰掛け静寂と人混みの中に文字を追い掛けていた‥そんな頃がいつもいつも在りました。
 あれから数十年、セピアに退色したあの頃の本や今の書籍‥忘れかけようとしているあの頃の「ときめき」を探すような読書の秋に時間を費やしています。

■2007年10月13日(土)  今年も餅つき 徳島北ロータリークラブ 仁木さんより
 昨年の暮れに街の中の喫茶店あっぷる前で盛大に行われた「餅つき」HEARTLANDの活動をずっと支援下さっています徳島北ロータリークラブ仁木さんの取り計らいで、今年も12月9日を予定として昨年同様の「餅つき」が開催される予定となりそうです。たくさんのロータリーの方々が当日は来て下さり、商店街の方々も交えてのにぎやかな風景はとても嬉しい出来事の一つとなりました。活動を継続していく中にこうした「嬉しい出来事」が時折あります。障害者自立支援法に象徴される厳しい時代と憤りさえ覚え行く「福祉」状況にあって「世の中まだまだ捨てたものじゃない‥」そんな風に思える、そして思わせて頂ける温もりだけを見ながら、普段の日常活動を進めて行ければと思います。

 全国精神障害者地域生活支援協議会の四国ブロック研修会を来年1月の末頃、徳島で開催の計画を立案していく事となりそうです。今時研修会といった事でもないのですが、草案を作成していく中、今一度何が問題として在るのか‥を確認しながらその内容を組み立てていきたいと思っています。

■2007年10月12日(金)  上板中学校 福祉講演会
DSC00239.JPG 262×196 28K 自宅近くの上板中学に今日は出向いてきました。昨年も同様「福祉」についての話を中学生に行う時間として約1時間程度、体育館を会場に話を行ってきました。自分自身が「福祉」に至った原風景の話しを始まりに京都での日々の事、そして徳島からHEARTLANDへの経緯等、出来るだけわかりやすい言葉で伝える事を心がけてのものでした。
 今日の話を受けて間もなく学生達は、町内の老人ホームや近隣の障害者地域共同作業所等で現場体験実習を行う予定になっているとの先生の言葉でした。今ではこうした教育の取り組みは「当たり前」の事なのかも知れませんが、私自身が中学の頃にはこうした機会は皆無のものでした。もしかしたら「福祉」という言葉さ知らないままに過ごした、そんな気もしてなりません。

 知ること・見ること・感じること、若き多感な年頃に出会う一つ一つは、時に大きな影響力を持って「未来」を形成して行くことへの大きなきっかけとなっていきます。今日の時間が誰か一人のでも、心のひだに触れてくれたとしたら、これ程嬉しい事もありません。機会を頂きました上板中学の先生方に御礼申し上げます。

■2007年10月11日(木)  ハートピアみなみ 徳永さんと
 昨日愛媛のハートピアみなみ、徳永さんと本当に久しぶりに電話越し、長い時間話をしました。こちらが電話をしようと思っている絶妙のタイミングの中、徳永さんも「電話をしなければいかんなぁと思っていた」との事、長い長い男二人の長電話となりました。
 話題は互いに移行した「就労継続支援B型事業所」としての現況や施設運営状況等、互いの近況報告も織り交ぜながらの時間となりました。一番「しんどい」部分として、通所されるメンバーの確保が至難であるとの事、愛媛松山周辺でも病院の社会復帰施設群への通所(囲い込み)の色合いが急激に増えつつあり、なかなか地域の中にある施設や障害者地域共同作業所(地活)には殆どの利用者が無いとの事、HEARTLANDでもある意味深刻な同様の事態が展開されつつあります。

 こうした施設運営の脆弱な「屋台骨」の下では、きちんとした「福祉サービス」提供がこれまた困難になっていくのは自明の事「困り果てた世の中になったもんやな」長い長い電話の果てにも最後はこんな言葉でしか締めくくれない「地域」の実情が確かにあるばかりです。

■2007年10月08日(月)  3連休の最終日
 小雨交じりの3連休の最終日、日々の慌ただしさを少しばかり横に置いて、みんな休息の1日を過ごしている事と思います。バタバタと過ぎていく日々が充実しているものなのか、虚無のものであるのか、知る術も無いほどの連続ではあるのですが、暦は確かなまでに進みゆくばかり、10月も早くも10日が過ぎようとしています。相変わらず忙しいお弁当作りと喫茶店業務、メンバーが少なくなった「今」が続いていく中、それでも1日1日をきちんと終えていく、力強いみんながいる事も確かな事でもあります。
 先日、街の中の喫茶店を訪ねて下さった徳島北ロータリークラブの仁木さんとの久しぶりの再会、「施設の運営は上手いこといってますか?」そんな笑顔の問いかけに現状を話しながら、相変わらずの「大変さ」が日々付帯している事を伝えさせて頂きました。授産会計の括り、施設運営のあれこれ、街中にあるこの場所であって
さえも、どのような現状の中に「福祉」が在るのか、道行く人の中で「知り得ている人」は本当に少数であり、福祉領域のみに存在し続ける「世間との乖離」には尚更遠い距離があり続けていきます。

 不幸を売り物にすべきでは無くとも、せめて「現状」をきちんと言葉にしていく必要性が常にある事を実感するばかりでもあります。

■2007年10月07日(日)  秋の特別講演会 10月20日
秋の特別講演会「私の見たアウシュビッツ」と題された講演会が10月20日、街の中の喫茶店あっぷるで行われる予定となっています。講師はHEARTLANDの評議員でもあり、元高等学校教員であった吉田隆代先生、様々なフィールドワークとして眺めて来られたハンセン病や環境問題、人種差別や障害者問題、特化された精神や障害者領域からの問題提議ではなく、広い見識の中「今、私たちが囲まれている共通の問題」としての話が聞ける事と思います。WEBに講演会の詳細は掲載されています、興味のある方はぜひご参加頂ければと思います。

 差別・偏見・マイノリティーの問題、全て辿っていくと最後の部分では「共通」していく事柄にやがて気づいていきます。精神や障害の問題だけを殊更取り上げる角度ではなく、逆の「般化」させていく事でその問題の本質がはっきりと見えていく事も往々にしてあります。10月20日の講演会にぜひご参加ください。

■2007年10月06日(土)  実習巡回指導 坂田先生と共に
IMG_0024.JPG 277×185 28K 今大阪の福祉専門学校「日本メディカル」より2人の実習生があっぷるに来てくれています。お二人共々、既に現任者として精神科医療機関・老人施設にて勤務在職中、その中にあっての資格取得という事で通信課程で学ばれている方々です。お二人とも素晴らしい感性を持たれた方であり、現場の空気感を漂わせてのもの‥HEARTLANDでの実習が意義在るものになって頂ければと思います。
 
 昨日は実習生の巡回指導という事で坂田先生が神戸から街の中の喫茶店に来て下さいました。PSWとして精神科で勤務を始めた15年近く前、PSW協会の研修会や全国大会の壇上に常にあった坂田先生、こちら側の席から憧れのような感覚を持ちながら先生の話を聞き入っていた自分自身を鮮明に今も覚えています。ねむの木学園、そしてユニークな生村吾郎先生が開かれた「生村クリニック」のPSWとして従事、今は神戸学院大学に立たれているそんな大きな憧れの人との再開ともなりました。また今後も何らかの形での行き来が出来ればと思っています。
 

■2007年10月04日(木)  障害者自立支援法 施設運営費
 今年度5月から「障害者自立支援法」の個別給付に移行、昨年度までなら包括運営補助金の形で支給されていた年間運営費1000万円が、この5月移行に際してからは月次月次の「集計」に基づいた形での運営費が送金されてくるシステムへと変更となりました。
 
 毎月の通所者数にダイレクトに反映してのもの、体調を崩す、就労に向けてこの場所を旅立つ、その他様々な理由を常に抱えながらこの場所に通う彼らの現状は、常に「変動」を伴うという事でもあります。早い話メンバー数が増えれば施設運営費増、減れば減という事、仮に就労継続支援B型というお題目で、彼らがし「就労」へと旅立てば旅立つほど施設は「運営困難」となる、何とも矛盾したシステムな訳です。収入が変動する事に相反して、必要な月次の経費は固定的なものばかり、職員人件費・施設運営の諸経費、ただでさえ「貧しい」中、これ以上の節約や切り捨ては出来るはずもなく、矛盾と困惑は膨らむばかりの日々でもあります。

■2007年10月03日(水)  「感性発見器」 太陽と緑の会杉浦さんの文章 徳島新聞夕刊「ぞめき」
 大学での講義、杉浦さんの文字に沿って学生達とグループディスカッション、易しい文章であっても奥深いもの、読みとる事には少しばかりの思慮が必要となっていきます。さてさて学生達にどんな風に響いたのでしょうか‥

 「感性発見器」 杉浦良 徳島新聞夕刊「ぞめき」より抜粋
 
 私が学生の頃は、せいぜい教員資格か社会福祉主事任用資格で、あとはそれぞれ自分の中で一生かけて深めていくべきものであると考えられていました。
 学問的アプローチは当然の事として必要ですし、日々日常の勉強は要求される訳ですが、いまだに私の中から払拭されません。多分「福祉」というテーマに「専門家」というカテゴリーがフイットしないと感じています。「福祉」はむしろ地域や住民が関わり、その解決の糸口を見つけだす作業であったはず、決して難解な特殊技術が必要であるとは考えていないからです。

 むしろ「専門性」「専門家」とカッコをつけ専門化することで、地域やそこの住民が失ってしまう大切なものこそ、「福祉」が扱わなければならないテーマであると考えます。専門家に任せて安心したおかげで、気がつくと、それを解決する能力も気力も失われた地域や住民になってしまっていたとしたら、本来の「福祉」「ソーシャルウェルフェア」とは逆の方向に向いているのでは、と思えてなりません。

以前牧里教授(関学)が地域福祉論の立場から「専門家によって、住民が積極的に福祉の問題を解決する芽を奪っている」と述べられていました。
本来の福祉の専門家は、専門化せずに、まず地域に帰すことを考えて、積極的に福祉の問題を解決する芽を地域の中に育てる事こそ、一番の仕事であると考える感性を持つ必要があるのではないでしょうか。「感性発見器」でもあれば、世界に誇れる福祉国家となるのでしょうが‥

■2007年10月02日(火)  日本メディカル福祉専門学校より実習生
 日本メディカル福祉専門学校より実習生が2名あっぷるに来て下さっています。お二人共に徳島県の医療機関・老人施設で在職中、その隙間を縫うような形でのあっぷるでの実習がしばしの期間続いていく事になります。資格が制度化されてかれこれ10年「何を為すべきか」常に自分自身に問いかけを続けなければ、なかなか成立しないそんな仕事でもあるかも知れません。
 社会の中、社会の片隅のような場所にHEARTLANDがあり、そこに日々の営みがある、そんな事をきちんと見つめる所から出発していってもらえればと思います。

 気がつくともう10月、ここ2ヶ月ほど発行が出来ていなかった「かわら版」も早々に作り上げなければと思うばかり、急ぐように時が過ぎていきます。通所者が色々な事情で減り、施設運営費としての収入がここ数ヶ月減、実際の数字を眺めると、遠い昔に張り出された中間試験や期末試験の点数表みたいに、何とも言えない気分に包まれていきます、まぁそれもこれもここでの日々の事、日めくりに継続していくしか他になかなか術はありそうにもありません。

過去ログ 2003年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2004年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2007年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2009年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2010年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2013年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 

一覧 / 検索
【過去ログ】2002年7月6日までの日記